原典:Bone Marrow Transplants: a Book of Basics For Patients 10章
URL:http://www.bmtnews.org/bmt/bmt.book/toc.html
訳者:撫子なんちゃん

(Page 101)

第10章 肝障害


肝臓は様々な基本的機能を持つ複雑な臓器で、他の臓器ではその役目を務められません。血中から毒素を取り除き、血液凝固を管理するタンパク物質を製造したり、熱量を貯えたり、薬物を代謝・解毒したり、消化を助ける胆汁といわれる液体を生産したり、古くなった赤血球が崩壊したときにできるビリルビン色素を代謝したりします。
肝臓に流れる血液は門脈と肝動脈から入り、薬物・毒素・その他の代謝産物を代謝・排泄する肝細胞との接触の場―シヌソイドと呼ばれる血管を経ていきます。浄化された血液は肝臓から出て行き静脈を通って、心臓に戻ります。
肝細胞は、腸での食物の消化吸収に必要な化学物質を含んだ分泌液の胆汁を造っています。胆汁は血液の流れとは反対に肝臓から胆管を通って胆のうへと流れ,小腸で必要となるまで胆のうに貯えられます。
肝臓を通る血液の流れ道の血管がふさがれたり、肝細胞が損傷を受けると、肝臓は体内の毒素や薬物やその他の代謝産物を適切に代謝できなくなります。同様に、胆管がふさがると、ビリルビン濃度が過度に高くなり、コレステロール、その他の化学物質は体内に蓄積して、肝臓やその他の器官の機能の妨げとなります。
肝障害は次の三つに分類されます。(1)肝細胞を侵すもの(2) 肝臓を通る血管を侵すもの(3)肝臓から胆のうや腸に胆汁が流れる胆管を侵すものです。骨髄移植患者では同時にこのうちのいくつかを併発することがあります。中には、重症で時には致命的になることもありますが、大半は軽度・中等度の肝障害で、それも一過性の全く可逆的なものです。
移植前から肝障害があると、移植後に重症の肝障害に発展する危険性が高くなります。ですから、移植前には患者に真菌性感染が肝臓に起きてないか、肝炎(通常、ウイルスによって起きる肝臓の炎症)や胆石やその他の胆管障害がないかを検査し、あれば移植前に治しておく必要があります。また、この様な検査をすることで、医師は、移植後の重症な肝疾患の予防に役立つ情報を得られます。

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移植の前後を含む全期間を通して、肝疾患が存在しているかどうか、病気が肝細胞や血管や胆管に悪影響を及ぼしているかどうかを判断するための様々な検査が行われます。このような検査には、肝臓の大きさを調べるための身体検査や、血清ビリルビン・肝臓で作られるタンパク質の量の測定、超音波診断やCTスキャン(コンピューター断層撮影)などでの肝臓・血管・胆管の画像診断、肝臓の生検(組織をごく少量採るバイオプシー)などがあります。
入院中は、患者の腹囲・体重・血清ビリルビン値、肝臓の酵素量を毎日測ることが肝臓疾患の早期診断に役立っています。医療スタッフにとっては、毎日、患者に黄疸や、浮腫の徴候が出ていないかを調べることも同様に役立っています。



肝障害の徴候

・黄疸(白目や、肌が黄色くなる)
・Tender or swollen liver 肝浮腫?、肝肥大?
・急速な体重増加、四肢の浮腫
・腹水
・高濃度の血中ビリルビン
・SGOT、SGPT、アルカリフォスファターゼ値の上昇
・錯乱



骨髄移植後3ヵ月まで


肝中心静脈閉塞 (VOD)
肝中心静脈閉塞 (VOD)は大量化学療法や放射線照射の単独あるいは併用療法により起きる疾患で、とても重症になることがあります。VODを合併している患者は、肝臓を通っている血管が腫れて、塞がれてしまいます。こうなると、肝臓が血中から毒素・薬物・その他の廃棄物を代謝・解毒する機能を損ねられます。肝臓内の血圧が上がり蓄積した体液が肝臓の浮腫とtenderness of the liverをおこします。腎臓は過剰な水分と塩分を吸収しますから、体液が蓄積して四肢や腹部に浮腫が見られるようになります。

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重症のVODになると、蓄積した液が腹腔内に漏れ出し、肺に圧力がかかり、呼吸が困難になります。肝臓で代謝されなかった毒素は脳の機能を侵し、精神状態の錯乱を招くことがあります。(もっとも、錯乱はその他のさほど深刻でない移植後の問題から来る症状でもありますが)腎臓、心臓、肺にも害が及びます。
通常VOD の症状はまず、移植の直前に患者に施されるコンディショニングまたは前処置の化学療法と放射線照射を単独あるいは両方適用した後、1〜4週間で認められます。VODは診断が難しいですが、その症状はその他の肝障害と同様です。症状としては黄疸・肝臓肥大・肝臓の位置する部位に痛みやtendernessが出る(右側の肋骨の下)・急激な体重増加・むくみ(浮腫)・腹腔内への体液貯留(腹水)があります。もし、移植後に肝臓の肥大と急激な体重増加と黄疸が全部起こり、ほかに説明のできる原因がなければ、おそらくVODがあります。
現在までのところ、VODを予防する治療法は、その効果が実証されたものはありません。VODの診断がつくと、医療チームはさらに深刻な合併症が起きるのを防ぐ処置を取るでしょう。その方法としては、症状が悪化するようなある種の薬剤の使用を最小限度にしたり中止したりすること、組織や器官にたまった体液を利尿剤や透析を利用して排出させ塩分の摂取量を制限すること、身体の中の体液量を慎重にモニターすること、VODが自然の経過をたどり治癒に向かうまで濃厚赤血球を輸血し血液の循環量を高レベルに維持することなどが挙げられます。
白血病や悪性リンパ腫、固形ガンなど悪性疾患の患者では、再生不良性貧血や免疫不全疾患などの悪性ではない病気の患者よりも、移植後の重症なVODへと発展する傾向が強いのです。それは、この様な悪性疾患の患者に行う化学療法や放射線照射による前処置の治療が、悪性ではない患者に行う前処置よりも、強力(薬物投与量、照射量)であることが多いからです。より強力な化学療法や放射線照射を行えば、ガン細胞が破壊される可能性も高くなりますが、それはまた更に肝臓に対しても毒性が強いのです。
重症のVODが起きる危険性が高まる他の要因には、移植前の肝炎発症・前処置の直前や処置中に身体のどこかに感染が起きて発熱したことがある・ミスマッチや非血縁ドナーの骨髄を使う――などが挙げられます。2回目の移植を受けた人もそうでない人に比べるとVODが起きる危険性はより高くなるでしょう。
多くの場合、VODは出ても軽度か中等度で、肝臓の損傷も全く可逆的なものですが、重症のVODになると通常は致命的になります。

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急性GVHDの肝臓への発現
同種骨髄移植を受けた患者は、肝臓に急性GVHDが出て損傷を受ける危険があります。GVHDとは、ドナーから提供された骨髄(移植片)が移植患者(宿主)の組織や器官を攻撃することをいいます。
急性GVHDは移植後の初めの3ヵ月間におきます。慢性GVHDはまた別の病気で、移植後3ヵ月を過ぎてからおこります。急性GVHDが肝臓にでると、微細な胆管が侵され、肝臓から胆汁液が流れ出るのを妨害します。胆管の損傷は軽度なもの、中等度のもの、重いものとさまざまです。医師は血中のビリルビン量とアルカリフォスファターゼ(ALP)という酵素の量を測り、その重症度を判断します。
急性GVHDが肝臓に起きたときの症状には黄疸・mild liver tenderness・血清ビリルビン値とアルカリフォスファターゼ(ALP)値の上昇が挙げられます。
同種骨髄移植を受けた患者は、通常急性GVHDが起こるのを予防するために、メトトレキセート・シクロスポリン、時にはプレドニゾンなどの薬剤を投与されます。移植センターの中には「Tセル除去」という、リンパ球(白血球)の中のある種の細胞を移植前にドナーの骨髄から除去しておき、急性GVHD発現を防ぐ方法を取るところもあります。もし急性GVHDがでたら、シクロスポリンや増量したプレドニゾンで治療をするのが普通です。
非血縁のドナーの骨髄を用いると、肝臓に急性GVHDが出る危険が高くなります。HLAが完全一致でないドナーの骨髄を移植された患者も肝臓に急性GVHDが出る危険が高くなります。

血液を介した感染Bloodstream Infections
胆汁液の流れに異常が起こるのは、血液に感染が起きたことが引き金になっていることがあります。この状態は(胆管炎??cholangitis lentaといわれる)肝臓そのものに感染が起きたのではなく、身体のどこか他の部位の感染に対して肝臓が反応したことによるのです。症状としては、黄疸・血清ビリルビン値の上昇・ときにアルカリフォスファターゼ値の上昇が見られます。(検査は症状ではないね、なんて言えばいいかな??★)
胆管炎から生じた胆汁の排泄異常は、背景にある血流感染bloodstream infection?を抗生物質で治療すると通常治ります。

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真菌性肝臓疾患
移植後に起きる合併症の深刻なもののひとつに真菌性の肝臓疾患があります。真菌類のカンジダは、ヒトの消化器官に常在していますが、これが主に真菌性の肝臓疾患の原因となります。健康な人では、この真菌の拡散は人体の中にある有益な菌と免疫系により常に監視され抑えられています。
移植後一週間目までに、有害な細菌を壊すために移植患者に投与される抗生物質がカンジダの拡散を抑える有益菌も一緒に壊してしまいます。患者の免疫系がそれを破壊するだけの力がないと、真菌は肝臓・脾臓・腎臓で活動し始めます。
肝臓が真菌に感染すると、熱が続く・a tender swollen liver・血中アルカリフォスファターゼ(ALP)値の上昇などが症状として現れます。移植後に消化器官や血流に真菌感染が起きた患者は、真菌性肝臓疾患を併発する危険性がとても高くなります。
顆粒球(白血球の一種)減少が続いている患者や、GVHDの治療でプレドニゾンを使用している患者もまた、真菌性肝臓疾患を起こす危険性が他の人よりも高くなります。
真菌性感染症の治療はとても難しく、患者の免疫力が落ちているときは特に困難です。真菌性肝臓疾患の治療にはアムホテシリンB(ファンギゾン)とフルコナゾール(ジフルカン)の2剤がある程度効果的であることが分かっています。

薬剤性肝障害
移植患者に対して感染症・GVHD・吐気・高血圧対策に使われる薬には、その他の鎮静剤や鎮痛剤と同様に、肝障害を招いたり悪化させたりするものがいくつかあります。こうした薬によって軽症の肝障害は頻繁におきるものの、重症の肝障害は滅多におきません。薬剤性肝障害の症状には黄疸・血清ビリルビン値と肝細胞に含まれている酵素(GOT,GPT,肝臓で作られるALP)の値上昇がみられます。
移植患者に中心静脈栄養(高カロリー輸液またはTPN総合非経腸栄養?)を長期間続けると、やはり軽度の肝障害が起きてきます。こうしたトラブルは一時的なもので、肝炎・胆汁排泄異常・脂肪肝などが挙げられます。これらは、患者の中心静脈栄養のカロリー摂取量を減らし、患者を経口での栄養摂取に戻すことで普通は正常になります。経口からの摂取ができないときには中心静脈栄養の成分内容を変えることが効果的なこともあります。

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ウイルス性肝炎
ときどき、移植後の初めの3ヵ月内に、ウイルス性肝炎(ウイルスによって起こされる肝臓の炎症)が骨髄移植患者に現れることがあります。通常は、肝炎B型ウイルスとC型ウイルスによりおきますが、例えばその他のアデノウイルス・単純性ヘルペスウイルス・帯状疱疹ウイルス・エコーウイルス・サイトメガロウイルス(CMV)・EBウイルスなどによって起きることもあります。
肝炎B型ウイルスとC型ウイルスによりおきる肝炎は通常軽く、死に至ることはほとんどありません。B型肝炎あるいはC型肝炎は移植前に受けた複数の輸血の結果、患者の血流から(血液を介して)起きることがよくあります(輸血後肝炎)。今日では移植センターは患者に輸血する血液をサイトメガロウイルス(CMV)やA型B型C型各種肝炎ウイルスに感染していないか、選別しています。
その他のウイルス(アデノウイルス・単純性ヘルペスウイルス・帯状疱疹ウイルス)によっておきた肝臓の感染は滅多に重症の損傷を肝臓にもたらしたり、死亡するようなことはありません。こうしたウイルスに対処する治療は感染の初期にもっとも有効であることから、感染を早期診断することが重要です。(ウイルス感染についての詳細は8章を参照)

胆道の病気
患者が長期間食事を食べることがないと(中心静脈栄養を取っているなどで)、胆汁を貯え食後に胆汁を腸に排出する役目を担っている胆のうは、空になりません。胆汁は濃縮され、ざらざらしてきて、どろどろの胆汁になります。そうなると、胆管の通りが悪くなり小腸(十二指腸)に胆汁が流れるのを邪魔するようになります。
このトラブルが起きると、食後に痛みがある・胆のうに炎症が起きる・熱が出る・胆石ができるなどの症状が認められます。通常は、患者が普通に経口で食事をするようになるともとに戻ります。まれに、胆管に感染が起きたり、膵臓に炎症が起きることがあります。

移植後3ヵ月が過ぎて
移植後の初めの3ヵ月間に比べると、3ヵ月以降では、肝臓に問題が起こることは余りありません。移植後の初めの3ヵ月間に、急性のGVHDが出た患者や、B型・C型肝炎を起こした患者は、その他の人より、3ヵ月過ぎた後も肝障害が出る傾向は高くなっています。この時期に起きる肝障害はほとんどが軽度か中等度で致命的になることはありません。

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肝臓の慢性GVHD
急性GVHDと同様に慢性GVHDも細い胆管を侵し、肝臓から腸へ胆汁が流れるのを妨害します。黄疸・アルカリフォスファターゼ値と血清ビリルビン値の上昇となって現れます。
同種骨髄移植の合併症として肝臓に慢性GVHDが出ることが考えられます。これは自家骨髄移植(患者自身の骨髄を用いる)や同系骨髄移植(一卵性双生児のドナーの骨髄を用いる)では起こりません。慢性GVHDは通常は軽度か中等度の肝損傷を起こす程度ですが、若干食欲の低下をもたらします。ほとんどは免疫抑制剤(例えば、プレドニゾンとシクロスポリン)で効果的に治療されます。重症な例では、こうした薬を更に大量用い、アクチガル(米)=ウルソあるいはウルソサン(ウルソデスオキシコール酸)やイムラン(アザチオプリン)を一緒に使います。急性GVHDが肝臓に出た同種骨髄移植患者は、同種骨髄移植を受けたその他の患者に比べ、慢性GVHDも肝臓に出る危険性が増大します。
慢性ウイルス性肝炎
ウイルスは、急性の感染の症状が消失した後も長期間身体の中に潜伏し、初回の発症からずっと後になってまた再燃してきます。患者の免疫系が正常に機能していないとき(それは移植患者にとっては良くあることです)には特にそうです。特に慢性GVHDがある患者はなおさらそうです。
ウイルス性肝炎(通常C型が多い)は移植後何ヵ月もたってから再燃してきます。慢性ウイルス性肝炎は治療が難しいことがよくあります。C型肝炎ウイルスによる慢性肝炎にはインターフェロンが効果的です。しかし、特に慢性GVHDが出ている患者では、この薬の使用にあたって慎重な注意が払われないといけません。インターフェロンは患者の白血球数を下げ、血流からの感染の危険が増大します。
真菌性肝臓疾患
滅多にないことですが、移植後の初め3ヵ月間に見られるのと同様の真菌性肝臓疾患が移植後3ヵ月を過ぎてからも見られることがあります。骨髄中の顆粒球が減少している患者や慢性GVHDがある患者によくみられます。これの症状と治療法は前述の3ヵ月内に起こってきたときと同様です。

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BMT Newsletter (c) 1992

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