小児白血病の感情的な側面 親のための手引き

秋山先生英文翻訳監修
© Leukemia Society of America
、米白血病協会
原題 : Emotional Aspects of Childhood Leukemia A Handbook for Parents
URL : http://www.leukemia.org/docs/pub_media/childleuk/index.html
著者 : パトリシア・ディージー・スピネッタ(MA、 MS、臨床看護スペシャリスト)
ジョン・スピネッタ (医学博士)
フェイス・H・カン (医師)
訳者 : 撫子なんちゃん

おことわり(免責条項)
1.なるべく言葉や意味を正確に翻訳することを心がけていますが、内容については保証するものではありません。海外と日本では治療法や使用される薬が異なるばかりで はなく、社会的環境も異なります。あなたの主治医と話し合ったり、各種団体の相談窓口を利用するなどして、ご自身あるいはご家族に対してここにあげた情報がどのように適用できるかご判断ください。
2.原典の各発行元には、日本語への翻訳に関して了解を得ていますが、各発行元が日本語に翻訳された情報の保証をするものではありません。
3.訳者、編集者、監修者などはこの翻訳内容と、それによって引き起こされたことに対して、いかなる責任も負いません。

序文

 白血病やリンパ腫の診断が下ると人は死の恐怖感を呼び起こされます。患者がわが子である場合にはこの世の終わりのようにさえ感じます。しかし、この10年間に悪性の疾患を持つ患児の親は我が子の将来に以前より輝かしい希望が持てるようになってきました。毎年、全米では4000人の小児が白血病やリンパ腫の診断を受けます。これらの子供たちの50%以上が治癒します。今日では小児の白血病やリンパ腫は治りうる病気になったと考えられます。25年前には、私たちが診た幼い患者には効果的な治療法がまったくありませんでした。今日では薬物療法の進歩や骨髄移植その他の補助療法の進歩のおかげで、予後に希望がもてるようになりました。今日できる最善の治療をつくせば、小児の白血病の大半を占める急性リンパ性白血病患児の70%強が、病気の診断後5年以上は元気にしています。この5年生存は、医師が病気が治癒したとするうえでの示標になっています。小児のホジキン病も同様のことが言えます。ホジキン病を含めてリンパ腫の最近の治療法は大変効果があり、ほとんどすべての患児が寛解状態に入りますし、大多数の子どもは治癒しています。かつては恐れられていたこれら小児ガンの治癒生存率の向上とともに、患児や家族が感情的な面で不足しているものへの、新しくよりよい理解が必要になってきました。この冊子はこれらの病気への不安や恐怖を切り抜けようとする親のみなさんを助け、彼らや子どもに長期間に渡って感情的な面で支え励ますために書かれました。第一には大多数を占める白血病の子どもの両親を対象としていますが、その方針や内容は他のどんな悪性疾患に苦しんでいる子供たちを抱える家庭にも役立つ適切なものです。

ロナルド・マクカフリ 医師
米国白血病協会副会長、医療・科学担当
Vice Chairman,
Medical and Scientific Affairs
Leukemia Society of America

はじめに

 この冊子は、困難な状況にありながらもできるだけ普通の生活を送ろうとする親のために書かれたものです。白血病などの悪性疾患やそれによって生じてくる、わが子のさまざまな問題に敢然と立ち向かい、健全な精神状態でそれとつきあっていこうとする親のためです。
 あなたの子どもが命を脅かされる病気にかかったという診断は痛撃だったに違いありません。なんの予告もなしに、また思い当たる理由もなしに突然降りかかってきたのです。それでも、その子にはまだ何年もの大切な人生があるのですから、親としての役割は重大です。重い病気を抱えていても健常児と同様に目的を達成したり成長していくのですから、子どもたちは精神的に健全な環境に置かれるべきです。
 また、家族の構成員すべてとの健全な関係を維持していくことも重要です。これは、子どもの病気に付随してくるストレスのために、必ずしも容易ではありません。病気の子どもの兄弟姉妹たちにも気づかってほしいですが、患児の緊急事態や両親の気の動転で時折忘れ去られてしまいます。患児以外の子供たちの言うことに耳を傾け、どんなことでも子どもが話しかけてこられるように心に窓口を用意しておく親は、一生涯続く誠実さと寛大さの模範を築くことができます。
 重い病気の子の親は共通した経験をし、同じような感情を抱くものです。経験や調査に基づき小児白血病の心理学的な面と家族全員の生活上の感情に病気が影響するものについて、心理学者、精神病医、ソーシャルワーカー、内科医、看護婦の研究発表を皆さんも読んでください。これまでに白血病にかかった子どもさんの親御さんが、ありがたくも私たちに経験を共有させてくださいました。小児ガンの中でもっとも多いのが白血病です。また、悪性の病気の中で、化学療法や骨髄移植によって一番うまく治療できるのもまた、白血病です。もっとも劇的に治療法が進歩したのは小児白血病です。これらの進歩は次のことによってもたらされました。
(1) かかりつけの医師によって診断が早期に下るようになったこと
(2) より新しくよく効く化学療法剤の発見
(3) これらの薬を最大限有効に生かす使用法がわかったこと
(4) 血流の届かない中枢領域・睾丸が病巣になってしまう前にこの領域への治療ができるようになったこと(訳注白血病細胞を壊すのに十分な化学療法剤の濃度を確保するのが難しい部位があります。急性リンパ性白血病では、脳・脊髄〔中枢神経系〕、そして少年の睾丸が聖域=サンクチュアリとなります)
(5) 骨髄移植のように新しい治療手段の研究
 治療の効き目があまり現れないタイプの白血病の子どもには、さらに攻撃的な有効な治療法を見つけようと、こうしたハイリスクの患者をどう扱うか研究が進められています。ハイリスクの子供には化学療法薬の新しい併用法や大量投与が試されており、薬剤への反応率の向上をもたらしています。そうして、急性リンパ性白血病の大多数の子どもが再発することなく無病で質の高い生活ができる状態で5年以上生存しています。また多くの人が就職し、結婚し、子どもに恵まれています。今日では、白血病を抱えた若年者の多くにとって完治が現実的ゴールとみなされています。小児科、血液内科、ガン科の医者の課題は、今では長期生存者が満足する生活の質を維持できる治療法を開発することです。現在重きを置かれているのは、(1) 白血病とその治療とともに共存していくことを患児や家族に教えること(2) 治療後を見すえ、社会復帰や治癒後に向けてプランを練ること――です。患児や家族が死を受け入れる用意をしなければならないことは減ってきており、診断後どのように生きていくかを教えることが重要になってきています。


第一部 親であるあなた

診断が出てから

 診断が確定したショックは次々と途方にくれる感情をもたらします。次のような感情を経験された方もあるでしょう。そう感じる時もさまざまでしょうし、その強さも程度の差はあるでしょうが、このような思いをしたのはあなただけではないのです。

混乱

 医師が病名を告げても、またおそらく長々しい説明を受けた後でさえも、「わが子が白血病にかかっている」ということ以外なにも頭にのこっていません。病気の告知がすべてをさえぎってしまったのです。この初期の混乱を医師は理解していますから、必要に応じて何度でも快く説明を繰り返してくれるのが普通です。

拒否

 すべての説明が終わると、それがなにかの間違いだと信じたくなります。「医者が誤診したに違いない」、「私の子どもに限ってこんなことが起こるはずがない」、「どうしても信じない」。親御さんによっては断固として拒否し続け、どこかの医師が診断を覆してくれることを願って、子どもを次々と違う病院に連れて行くようになります。こんな行為は親や子どもが早期に状況に順応していくためのマイナス要因になります。
 子どもの寿命に限りがありうるという事実を受け入れるのは辛いことですから、はじめの数日間は何もなかったかのように話したり子どもの将来の計画を考え続けたりすることもあります。状況に順応しギアチェンジするのにはしばらく時間がかかりますから、こういう状態が短期間で済むのなら問題はありませんが、あまり長期にわたって拒否が続くと患児も家族全体にとっても将来の幸福のためにはなりません。拒否を続けることは子どもを孤立させて、親をもっとも必要とする時期に一人きりにさせることになってしまいます。

恐怖

 あなたはさまざまな恐怖感を経験することになるでしょう。患児以外のほかの子供たちの健康、治療費の支払い、親戚や友人がどう思い何と言うか、置かれた状況を処理する自分の能力などについてです。これらの恐怖感を心に抱え込まずに、口にだしましょう。ヘルスケアチームにはあなたを病気のすべての側面(肉体的であれ感情的であれ財政的であれ)から助けるよう訓練された専門家たちがいます。チームのそれぞれの人たちと連絡を取ってどのように力になってくれるのかを知りましょう。
 もし、親戚や友人が協力的ならあなたは幸運です。彼らは力になってくれ理解してくれるのですから。でも残念なことに、親戚が助けにならないことも多いのです。親戚の人はあなたの子どもの病気を否定したり、自然によくなった例の話を次々と聞かせたり、自家製の治療薬を持ってきたり、また夫婦が二人きりの時間を過ごすとまゆをひそめてとやかく言ったりします。こういう時にはがっかりしないでください。あなたの子どもやあなた自身の家族の問題であることを忘れないでください。あなたと主治医が本当にベストを尽くすのだということをわかっているでしょう。
 白血病の患児家族に対応するプロの人たちは、親御さんが困難への順応力を身につけていく例をたくさん見てきています。そして診断によってショックを受け傷ついた親は、自分がもっていた力を発見するのです。

怒り

 もしあなたが怒りを感じ、しかもそれがとても激しいものであっても驚くことはありません。神様に置き去りにされたような気持ちや、過酷な運命と、子どもをすぐに治せない医師や医療従事者などへの怒りを感じても、あなたたちだけがそう思うのではないのです。ときおり、病気になった自分の子どもに対してさえ、こんな病気になって……と怒りを感じる人もあるでしょう。そんな怒りをおもてに出すことはできそうにもありません。病気の子どもに対して怒るなんてできないと思うでしょうから……。ですから、そういう感情は患児以外の家族へと向けられて爆発するのです。配偶者や健康な子供たちがやり場のない感情の犠牲になるのです。
 怒りを感じたとしても、それが不合理な怒りであったとしてもそれでいいのです。時々、冷静さを失ってもいいのです。それでも、子どもの発病後早い時期に、怒りをぶつけても害のないはけ口を見つける方が断然良いのです。感情があり、同様に心に傷を負っている配偶者や家族に怒りをぶつけるのは避けましょう。互いを支え、互いに支えられる家族ほど大切なものはありません。

自責

 怒りの後に数日して起きてくるのは自責の念です。誰かに何かひどいことをしたからその報いが今やってきたのだと感じます。過去を振り返っては自分が犯した間違いを探します。間違いがどうであれ、子どもがガンにかかった理由はわからないのだということを受け入れなければなりません。自責にかられることはさらに深刻な問題を呼び起こすことになるのです。
 (例)S婦人は息子が病気になったのは離婚歴のある男性と結婚をしたことで神が罰を下されたのだと考えた。夫に顔を背け、寝室をともにすることを拒んだ。夫は子どもだけでなく妻も失ってしまったと感じた。
 この婦人の見当違いの罪悪感が、本当なら二人の婚姻関係の親密さが何よりも心の慰めや支えになるべきだった時に、二人の関係を離婚問題へと発展させてしまった。

悲嘆

 病気がわかったとたん、あなたは激しい喪失感にとらわれるでしょう。事実を知ってから時間がたてば悲しみは余計に深まるかもしれません。たいていの親は闘病の一連の過程の中で、「いま子どもの人生をできるかぎり満たされたものにしようとして与えられるものすべてを与えようとすること」と、一方では「子どもがもはやいなくなる時に備える必要があること」とのあいだにときおり矛盾を感じます。しかし、早すぎる時期から悲嘆にくれると、患児は孤立感を感じます。
 早くから嘆き悲しむことがいかに子どもに悪影響を及ぼすかということに気づくべきです。しかし同時に、子どもが死んで初めて悲嘆にくれる両親が、子どもの死後に順応するのがもっとも困難であることも知らなくてはなりません。将来起こりうる子どもの死とその後の子どもがいない生活の予想をするのはとても正常な過程であり、このように感じることに対して自分を責めてはなりませんし、矛盾に対し過度にとり乱すべきでもありません。

希望

 拒否とは違って、希望をもつことは健全な順応を妨げるものではありませんし、現実を受け入れることとまったく矛盾しません。希望をもつことは元気をだすための人間の特性です。すべての意味のある行動において希望が果たす重要な役割を軽く見てはなりません。ある医師が書いているように、症状の改善への希望をもつことが処方される薬の服薬を促します。希望は、生きようという意志をもちつづける力を与えるのです。希望を捨てることは絶望と悲しみに負けてしまうことになります。

人生の価値を信じること

 子どもの病気が不当に思えて、人生の意味や価値について楽観することが難しくなります。辛辣で批判的になりやくなります。たいていの親は、こういう感情は現実的な価値がないことにすぐに気づき、人生の価値を信じ続けます。子どもの人生を有意義なものにしようと努める一方で、決して予後が楽観できないものであることも十分認めています。悲嘆や怒りとともに、多くの親が今まで気づかなかった宝に気づくようになります。家族や友人の親密さや支援、よい医療を受けられること、人生への変わりない信念、人生での些細なことへの感謝などがそうです。人生の価値を信じつづけていくことで、病気になった後も幸せ探しをすることができたり、将来向かい合わなければならない喪失にもかかわらず人生において情熱をそそぎ込むことには価値があると確信できるのです。

新たに求められるもの

 白血病の子どもがいることから生じる未知の要求に適応していくのには、特別なエネルギーの消耗を強いられます。生理学や心理学上の理論では、人間にはたくさんのエネルギーや能力が秘められていて、本当に必要とする時まで潜伏状態であるということです。あなたが求められた要求に応えようとする時、その秘められた力が必要になるのです。
 この要求とはどんなものでしょうか。まず第一に治療方針の決断をすぐに迫られます。信頼の置ける診断と治療が受けられる大きな医療機関にかかっているのなら、慣れない病院にいる大病のわが子と初めての医者とに対応していかなければなりません。次に、子どもに、どういう病気にかかっているのかをどう説明するかをすぐに決断しなくてはなりません。子どもを怖がらせることなく気持ちを落ち着かせ治療に協力的になるよう約束させるために、十分に話してやらなければなりません。親戚や患児の兄弟の質問にも答えなくてはなりません。そして自分の感情にも対処し、状況を把握し、これからの目標を設定し直さなければなりません。それは簡単なことではないのです。

意見の相違と妥協

 子どもの白血病に関するさまざまな問題を解決していくことがうまくできても、大事な点で夫婦の意見が食い違うことはよくあることです。最初の診断への感情的な反応の仕方も違うでしょう。子どもの病気が意味することへの理解の不一致、必要な治療に関しての意見の食い違い、相反する見解などがあると、うまく適応できない原因になることがあります。
 不一致は解決されなければなりません。その過程は心地よいものではないですが、そうしなければ病気の子どもへの看護や心の支えがうまくできないのです。病気について不一致があると会話が妨げられたり、ねじ曲げられ混同されたりします。そうなると家族のつながりが本来一番団結しないといけない時に弱まってしまいます。
 病気になって初めて体験する労苦にうまく取り組めた時、これから課せられるものにもうまく対処できる基礎が築かれるのです。それとは反対に、夫婦間の意見が大切な問題点で食い違っていると将来繰り返される対立や失敗のパターンを築いてしまいます。
 食い違いが生じてきた時には、優勢な意見をもった方が勝ち誇ったかのように感じないようにすれば、解決しやすいのです。意見の違いを解決することは勝つとか負けるとかいうたぐいのことではなくて、効果的な順応への手段と考えるべきです。
 ストレスを抱えている時には、家族はお互いに支えを期待しています。それがまず夫婦間で始まれば自然と子どもにも及んでいきます。家族の誰かひとりでも期待された思いに応え損ねると恨みが生じてきます。信頼や誠実、互助の心は家族の機能をよくするためには欠かせないものなのです。病気とわかった時に最初の順応がうまくゆかないと、そういった心を維持できなくなります。

力の維持

 白血病の子どもはこの先何年にもわたる治療とそれにともなうストレス、そして治療後の順応という問題を抱えています。しかしまた、何年もの意味のある人生があります。両親は子どものことで長年にわたるストレスを抱えていますが、同様に喜びもあるのです。両親が子どものために力を維持していくことが大切です。
 生活にあまりたくさん変化を取り入れない方がいいと気づく親御さんも多くおられます。転職したり、引っ越したり、婚姻関係の変化や、他の生活スタイルが大きく変わるようなことはただでさえ感情の回路に負荷が大きすぎる状態なのに、余計にストレスを増し、マイナス結果をもたらすことにもなるからです。

 (例)ローラが病気になって9ヶ月後、病気とわかった時に離婚したW婦人は再婚した。W氏は当初は力になってくれたが、病気が進行するにつれて飲酒にふけったり、ほかに女性関係ができたり、長期に及んで家に帰らなくなった。W婦人は娘の病気のストレスに加えて不幸せな結婚による重荷を処理しきれなくなり、ついには夫婦は別れることになった。
 友人はよくこういう夫婦に、病気以外のことを考えるための対象として、あるいは何か他に生きがいを見つけるために、新たに子どもを産んだら?と勧めることがあります。時に、夫婦が病気の子どもに取って代わる別の子どもを欲しがることもあります。子どもを持つということは病気の子がいることとは別の問題です。病気の子どものかわりにと思って他の子を産めば、こどもにとっても両親にとっても大変深刻なマイナス結果をもたらすでしょう。
 要は、すでにたくさんのストレスがある状態にさらに不必要なストレスまで加えることにならないよう、どんな改善案にしろ慎重に評価をするのが賢いやり方だということです。

祖父母、親戚

 おじいちゃんおばあちゃんは自分たちの心痛を軽減するために、しょっちゅう病気を否定します。心は傷つき病気の深刻さにとてもおびえています。そこで両親は自分の悲しみだけを何とかすればいいのではなく、悲嘆にくれている祖父母の支えまでもしなくてはならないことに気づくのです。
 病気に関連した動きからある程度距離を置いている親戚の人は、病気の現実を頻繁に否定してきます。彼らは医師が病気の予後に確信があるのかどうか知りたがります。両親にもっとよい治療を求めてどこか他の病院に行くようにとか、信仰療法を受けたらとか提案してきたりします。自分の感情と死にもの狂いで取り組もうとしている親が、親戚の善意のお仕着せにまでつきあわなければならないこともよくあります。

家庭のなかの正常性

 両親が求められることでもっとも基本的なことは、おそらく正常な家庭生活を維持していくことでしょう。白血病の子どもも、何かを成し遂げ発達し成長していくのです。贈物をしたり病気でない時には守っていた教育方針を捨ててしまうことで、病気の辛さの埋め合わせをしようとかまいすぎると、子どもは混乱するだけで、兄弟からも恨まれることにもなります。こうして対立が生まれるのです。6歳のラウルの例は親の過保護とその結果のいい例です。
 (例)ラウルは両親と4歳と2歳の二人の兄弟と住んでいた。S婦人は病気の子には自分にできる限りの世話が必要だとおもった。ものを与えたり、学校には行かせず家におき、夫や他の子ども抜きで特別な遠出をした。入院した時にはいつもその子に付きっ切りで夫が交代しようとしても聞かなかった。ラウルは母をあごで使うようになり自己中心的になった。病院ではあらゆる処置に抵抗するようになり、家では欲しいものはなんでも手に入れた。二人の兄弟にはそんな状況はわからないから、ラウルが特別扱いを受けることを妬み、それぞれに教育上とても問題になった。S氏は家に帰るのが嫌になり、妻と会話をすることができなくなったし、三人の息子は言うことを聞かなくなった。良かれと思ってしたのにそれが間違った考えだったために、病気に家族をバラバラにされてしまったのだ。

夫婦関係のひずみ

 病気の子の世話をすることが結婚生活に無理をきたすことがあります。両親ともにできるだけ正常な生活を維持しようと同じ思いで取り組んでいてさえも、断続的なひずみを生み出しうるのはなぜでしょうか?
 夫婦のそれぞれは感情の表現において個性があります。たとえば、一人は泣くことで安堵感を感じるかもしれないですし、もう一人はまったく泣きもしないかもしれません。
 (例)U夫妻は感情表現が違うタイプだった。U氏は初期の診断後幾日も泣きつかれて眠ってしまうまで泣いたし、U婦人は泣けなかったかわりに平常時よりたくさん常に食べつづける自分に気がついた。U氏は婦人が泣きもせず無情な冷たい人間だといって非難した。お互いに深く心を痛めていたが、二人が必ずしも同じように悲しみを表現するのでないことに気づくまでには時間と誠意ある会話を要した。こうして理解することができて、二人はお互いを支えあい理解し感情表現の型を受け入れることができるようになった。
 夫婦にとって、闘病の期間中、以前にも増して自分をかまってほしかったり慰めがほしいと相手に望むのは珍しいことではありません。お互いにそうである時は、親密度、思いやり、支えの源となりますが、そうでない時は、対立を生みます。こんな時にどうしてそんなことを考えられるの?といった具合にです。
 理由がなんであれ両親のあいだに対立があると子供たちは感じてしまいます。こういう対立が家庭の正常な機能に支障をきたさないようにすることが大事なのです。

発病以前からある問題

 深刻な結婚問題やアルコール依存、薬物中毒、精神衛生、家計、法律などにかかわる問題を抱えて張りつめている家庭の子どもが白血病にかかった例では、すでに家族は負担過剰状態なのに、子どもの診断が加わりさらに打撃を加えることになります。こういう家族では専門家のカウンセラーや援助を求めることが大切です。これらの家族は診断や治療、病気のこどもの長期にわたる世話にともなうストレスに、外部からの支援なしには持ちこたえられないでしょう。

支えの源

 子どもの発病により初めて求められる要求に応じる時、誰が力になってくれるかを考えるのが賢明です。物事がうまく行っていた時に、誰が、また何がどんな風に役立ったかをふりかえって考えるのもいいでしょう。白血病患児の親たちの集団に長期闘病期間中、力になってくれそうな人のリスト作りを頼んだのですが、そのリストには配偶者、配偶者がいない時は重要な役割を果たす知人、カウンセラー、病気の子ども自身、同じ病気仲間の親などがあげられていました。
 何か問題が起きた時に頼っていけて理解が得られる配偶者や、自分にとっての大切な人、近しい友人がいることが何よりの支援だったようです。すべての結婚において配偶者が力になってくれるわけではありません。配偶者とは会話ができないという事実を受け入れて、友人を頼った人もあります。
 病院のスタッフは多くの家庭の力になってくれます。両親は全体的に医師の医療の能力に敬意をはらっていますから、医師や看護婦が示してくれる理解と子どもへの繊細な世話に感謝しています。宗教は診断以前から強い信仰心を持っている両親の生活に大変強い影響力があります。「私の信仰と神さまへの信頼がもっとも助けになった」、「私は神を信じ、信じることで力をいただいた」というようなコメントがありました。自分の病気の子どもから力を導き出すというのもまれではありません。
 (例)L婦人が言った。「シャノンがストレスだらけの状況にありながらもとてもよくがんばっているのを見てわたしも頑張りつづけました。」
 最後にひとつ、親は同じ闘病をしている患児の親から励みを見出します。白血病を持つ子の親というのは絶対少数派ですから、そういう親の思いを理解できる人は少ないのです。白血病の犠牲になった子の父親母親ならわかります。この共感は社会的、経済的、民族的な違いをものともしません。多くの病院で、子どもが入院していたり診察を受けにきたりしているあいだに、親同士は知り合っていきます。患者の親の会を作り、週に一度か月に一度集まったりすることもあります。こんな親同士の接触はこれから先、闘病してゆくなかで、より大変な困難に向かい合う時に役立つのです。

ゴール

 このセクションでは白血病の子どもがいる家族に求められるものについて書いてきました。すべての家族がこれらの問題と直面する訳ではないですが、抱え込む可能性のあるストレスについて知っておくことはとても役立ちます。
 医療上のゴールは医師によって明確に示されますし、それには子どもに対するできる限りの最良の看護も含まれています。しかし、心理上のゴールはどうでしょう?あなたの子どもとその子の生活の質のゴールは?他の子供たちに対するあなたのゴールは?その子が苦しんでいるのを見て他の兄弟はおびえるでしょうか?あなた自身はどうでしょうか?この病気であなた自身を粉々に砕け散らせるのでしょうか?あなたの結婚のゴールは?病気によって愛と尊敬と信頼をより深めることができるのでしょうか?


第二部 あなたとこども
 多くの親が関心を寄せるのは、病気の子やその子の兄弟姉妹が病気とそれがもたらすものについて何がわかっているかということです。親にとってこれは簡単なことではありません。あなたたちが理解し、子どもの質問に答えるために役立つよう、これまででわかっていることを書きます。

健常な子ども

 死の概念は年齢に相関がありますが、個人差が相当あります。論ずるに当たって、よちよち歩きの幼児期・保育園幼稚園前期、保育園幼稚園後期、小学低学年期、前思春期・思春期、の4部にわけましょう。それぞれの時期において、その姿勢や概念に急激な変化はありませんが、徐々に発展しています。

よちよち歩きの幼児期、保育園幼稚園前期

 生まれて2歳までのあいだは、死というものへの理解などありません。保護や心地よい人たちからひき離されることの恐怖だけが強烈に心にあるのです。3歳までの子どもには死はまだ事実ではありませんが、別離への不安はすべての子にあるといえます。

保育園幼稚園後期

 3歳から5歳までの時期には、たいていの子どもはまず死という事実は誰か他の人に起こることであると理解しています。この頃は死の概念はまだぼんやりとしています。それは眠りや光・動きの不在と関連づけられています。死はまだ永遠のものとしては考えられていません。よちよち歩き時代と比べると、この時期の子どもは短期の別離は我慢できますし理解もできます。彼らはもう少し大きい子どもよりも自然に、そんなに不安気でもなく死についての問いに答えます。また、死んだ動物や枯れた花についてやたら知りたがります。魔法に夢中になるのもこの時期の子どもです。就学前の子どもは願い事は現実になると思っています。子どもが親兄弟がいなくなって戻ってこなければいいのにと願うことだってあるでしょう。そんな中で、もし親兄弟が死んだりすると苦しみ、自分を責めることが起こってきます。
 3〜5歳児は死をこの世に存在する最後だということを否定します。死は不慮のもので自分は死なないと思っているのです。死んでも生き返ると信じているのです。

小学低学年期

 この時代の子どもが持つ概念や振る舞いはどの年齢も大きく変わることはないのですが、徐々にまたさまざまな個人差をともなって発達してゆきます。おおよそ6歳以降の子どもは、死というものが最終的で、避けられないもので、普遍的でそして個人的なことであるということに徐々に順応して行くようになります。6〜7歳の子どもの多くは、自分の両親もそして自分自身もいつか遠い将来に死ぬだろうことを想像しています。5〜9歳の子どもは死を人に結び付けて解釈する傾向が強いです。たとえば、死神が死ぬ人の命を奪ってゆくと考えるのです。子どもは死に初めて出くわした時、恐れて取り乱し怒りを感じます。要するに、10歳以下の子どもは死の概念を真剣に考え出し始めていますが、まだ十分に理解を得るには達していません。

前思春期・思春期

 小児発達学の分野で有名で、哲学者であり作家でもあったピアジェは、子どもは11〜12歳の頃に思春期に近づくにつれて、生と死を理論的に理解するために欠かせない知的ツールを身につけてゆくと提唱しています。10歳にもなると、死の普遍性と永続性はようやく理解できるようになります。
 10歳の子どもは死を自然現象として受け入れますし、自分を含めすべてのひとが死ぬという事実を受け入れます。しかし自分自身の死はそれでもまだまだやってこないだろうと思っています。

 要するに、5歳以下の子どもは死の概念を形成するのに必要な精神的営みはごく初歩的な方法でさえもほとんどできず、ただ別離が理解できるだけです。11〜12歳の頃になると相当によく概念形成ができます。その中間の6〜10歳の頃には、ある程度の認識はありますがまだ十分に理解するにはいたりません。

重病の子ども

 では、命を脅かすような病気に罹った子どもにどうやって話していけばいいのでしょう。
 5歳以下の子どもを調べてみると、重篤な子どもにとっては別離の恐怖、放棄されることへの恐怖、孤独への恐怖が非常に重大なことだとわかります。
 6〜10歳の子どもでは、またおそらく5歳の子どもも、肉体的に危害が加わることについて恐怖心を抱いています。最近その年齢層の白血病患児を調査してみた結果、両親や医療関係者が子どもには病気の予後を知らせまいとしても、子どもは自分の病気の重さや、ちょっとやそっとの病気でないことをどういうわけか感じ取ってしまうことがわかりました。見捨てられるのではという恐怖に取って代わって、体に害が加わることやおそらく自分自身の死を認識した恐怖心が出てきます。
 10歳以上の子どもはまさに死への恐怖を表わします。前思春期・思春期では、この恐怖心は他の恐怖より勝ります。彼らは自分の病気の重さをわかるようになります。もし大人からちゃんと意味をなす対話がもたれていないと、この恐怖心は子どもの不安をさらに助長させることがあります。この年頃の子どもは隠そうと申し合わせたりされると特に不安になるりますし、思いやりのある大人から自分のことについて話し合う機会が与えられればとても安心するのです。
 10歳以下の子どもは直接的な質問はしません。大人が彼らの心配事を察して話してくれる用意が整うのを待ちます。死の不安を表わさないことは関心がないのではないのです。5歳の子どもたちのあるものは死について気軽に話すこともある一方で、たいていは自分の思いを率直に表わすことは困難であり、こういう時は死についての不安がないのだとと思われがちです。彼らの思いは隠れており特殊な子どもはまったく恐怖心を示さないという報告は、現実にはその表現ができない子どもを示しているだけなのかもしれません。
 そのほかによく起こることは、小さな子ども自身が両親を悲しませまいとして、本当はどれくらい自分の病気について知っているかを知らせないことです。自分の診断結果について知っていながら、両親が自分には知ってほしくないと思っていることに気づいている子どもがおそらく一番孤独でしょう。その結果、深く意味のある対話はほとんどもたれませんし、子どもが自分の寂しさや恐怖や不安を率直に表わせる相手が誰もいなくなります。
 (例)G夫妻は6歳になる娘ルーシーに、うまく病気について何にも知らせずにおけていると自信を持っていた。心理学者がルーシーにある絵を見せてその絵に描かれていることについて話をさせた。すると彼女は「この絵の中の小さな女の子はとても重い病気で入院しているの。この子のママとパパはドアの所でお医者さんに話しかけているの。先生はママとパパにこの子がとってもとっても重い病気だって話しているんだけれど、その子は寝たふりをしているの。だって、この子が自分でどんなに悪い病気か知っていることをママに知られたくないからよ。だって知ったらママはきっと泣いちゃうもん。」と話してくれた。
 問題は診断について話すかどうかということではありません。子どもはそれをどのみち感じ取るのが普通ですから、それは伝えられるべきです。問題なのは、その子の心配事が共感され理解されることや進んでその心配事について話し合う気持ちがあることを、どうやって子どもに知らせるかです。さらに、子どもが感じている自分の病気がもたらしうるものへの不安は、両親が心に抱くものとは必ずしも同じものではないことを忘れてはなりません。
 子どもは耐え切れないほどの苦痛から自分を守るために防御壁を築きますが、それでも本当のことを話してほしいのです。子どもの防御をわかった上で、それと同時に子どもが聞いてくる死や病気についての問いに対し誠実で率直でいることはなかなか骨の折れる務めです。この困難に知性と理解と共感を持って立ち向うことは、子どもの大変な苦悩を減らし生きようとする意志を強めます。
 以上をまとめると、5歳以下の重篤な患児が持つ不安は放棄、別離、孤独への恐怖の形をとります。6歳から10歳の子どもは自分のただことではない病気を感じ取ります。子どもは肉体的な害を恐れます。前思春期、思春期の子どもは通常病気が致命的になりうることを鋭く感じとるので、襲いかかってきうる死をとても不安に思います。子どもの予後について何も知らせまいとしてもいずれわかるようになります。彼らの不安について話し合う機会を与えるべきです。

知識を最新のものに

 子どもが大きくなるにつれて、彼らの理解力も成長していきます。生活全般についてより深く理解する力が絶えず変化しているので、自分の病気についてももっと知りたいと思うようになります。5.6歳の頃に病気について一度話しただけでは十分ではありません。子どもの理解力が発達するにつれて、継続的に知識を最新のものにしなければならないのです。
 多くの小児科の血液科医は子どもが同席の場で親と話しますが、これはよいことです。(*監修者注:日本ではまず両親に話して、子どもの発達段階に応じて同席して説明することが多いようです)子どもが自分の病気に関して決断をくだすことに常に加わると、子どもの知識は現時点にあったものになり、正確な理解ができるからです。

入院

 子どもが入院させられるとそこはもう未知の世界です。見たこともない機械が並んでいます。他の患児や彼らの病状を知るようになります。自分を取り巻く数々の混乱の中から何らかの秩序を確保しようと努めます。医療チームの中の誰が自分の質問に答えてくれるかをすぐに見わけますし、両親が嘘のない答えをくれるかどうかはすぐにかぎわけます。子どもが安心してどんな関心事についても表現できて、わからないことはなんでも聞けるようにすることが、ごく初期から大切なのです。常にあらゆることについて意味のある会話を交わすことで、子どもの感情的エネルギーは未知の不安ともがくことから解放され、日々の問題に適応しようと努力が向けられるようになります。

幼い子ども

 まだ感情的にも社会的にも母親の支えが大切な乳幼児期、就学未満の子どもにとっては、入院が精神的外傷をもたらすことがありますし、子どもが母親から隔離された場合は特にそうです。母親が付き添っている場合にはそれは軽減されます。子どもに理解のある看護婦も母親の代わりにはなりません。幼若な子どもでは入院期間中に発達に逆行が見られます。

年長のこども

 入院は自立への過程である幼年時代を脅かすものです。子どもは医師にみせられ病院に連れて行かれ治療を受けさせられます。積極的に治療に参加するというよりもされるがままの患者になります。自分の病気が意味するものをなんとなくわかる年齢に達しているのに、何の説明もされないと反抗的になります。理解できる範囲内で説明を受けた子どもは、長期に渡って病院通いをすることが自分の健康を維持するために欠かせないのだと認識できます。そうなれば子ども自身が自身の自立に妨げになるのではなく協調的になれるのです。

思春期の子ども

 入院によってもたらされた自立心の欠落は思春期の子どもにとっては特に好ましくありません。「エリック」という本では、17歳になるエリックが病院に行く時や医師と話をする時に母親の同伴を拒んだ例が書かれています。母親にとってそれはとてもつらいことでしたが、彼女はエリックが自分の白血病を何とか押さえこもうとする要求を尊重したのです。

活動制限と消極的感情

 入院は否応なく子どもの活動に制限を強いることになります。入れ替わり立ち代わり見知らぬ人に複雑な処置や治療をされることは、さまざまな消極的感情の一因となります。緊張によって子どもは不安になり手に負えなくなります。入院させられた子どもは治療の手順を説明されるべきですし、日々の遊びの中で自己表現をさせるべきです。

プレイルーム

 多くの病院、特に大きなところでは、白血病治療計画の重要部分としてプレイルーム設備を整えています。プレイルームは自然な自発的な遊びを促すためにつくられたものです。子どもは遊ぶことでリラックスできますし、医療機器や、医療処置、職員などを含む数々の恐怖をうまく切り抜けられるようになります。入院は子どもをおろおろさせますが、遊びを取り入れることで質問したり心配事を行動にあらわすきっかけが持てます。寝たきりの患者には正常さをうながすという同様の目的達成のために遊び療法士(*監修者注:予算的な問題もあり、遊び療法士がとても少ないのが日本の現状です。)が出向いていきます。
 病院によっては、たいていは外来診察科でですが、患児の兄弟もプレイルームでの遊びに加わることができます。それは医療器具や職員に慣れ親しむことで兄弟の受けている待遇への不安を和らげることに役立つのです。プレイルーム担当スタッフは心理学、特種教育、幼児教育、ソーシャルワーク、作業療法、育児、レクリエーション療法などの素地のある訓練を受けた専門家です。(*監修者注:プレイルーム担当スタッフを置ける病院は日本では非常に限られています。看護婦やボランティアの人々が担当していることが多いようです。)彼らは患児のケアチームとして参加しているので、患児の行動を一部始終観察できます。彼らの仕事は、この子は治療に抵抗を示しているとか、過度の恐怖心を持っているとか、じっと我慢しているとかを、子どもごとに評価することです。
 (例 1)6歳のケリーはわれわれ大人を皆、モンスターのように描いた絵を作った。彼はそれらを医者、看護婦、母親、父親だと言った。医者や看護婦が自分にこんなにひどいことをするのに両親が言うなりになっているので、とても怒っていると話してくれた。
 (例 2)5歳のポールは、とってもお気に入りのおもちゃである医者の人形を見つけた。プレイルームに入ってくると、いつもその人形を散々にたたき、その後くつろいで絵を描いたりパズルをしたりした。

 こんなふうに、プレイルームでは医療スタッフは患児が感情にまかせてするしぐさから洞察をえられるのです。

怒りの表現

 上記のように、子どもは治療をする人とそれをさせておく親とにとても怒りを覚えます。治療に対して激しく抵抗するようになる子どもは珍しくはありません。小さい子どもは二度と顔も見たくないとか、大嫌いとか、どうしてこんなことをさせておくの?といいながら親をあからさまに退けます。長期間入院をしていて、そのあいだに嫌というほど処置・治療を受けた子どもはそういうことを言うようになるのです。子どもは親の力を信じています。父親や母親がこういう処置を止めさせられない時、親の力を信頼していた子どもは動揺します。ある研究者は、小さな子どもは病気の自分が看護婦や医者なしではやっていけないことを感じているから彼らに対して怒りを直接にぶつけるのは恐くて、その代わりにすべての怒りを自分の親にぶつけるのだと推測しています。

診断と治療

 治療のあいだ、子どもと一緒にそばにいられたら安心だと思う親がいます。立ち会わなくてもいいといわれてほっとする親もあります。片親だけの場合には、通院の肉体的、感情的負担をほとんど全面的に背負うことになります。両親ともがかかわっている場合は、だれが病院に付き添っていくかを決める時に、家族全体にとって何が一番いいか決定するべきです。どちらの親もが通院の負担を分担できますから、仕事のスケジュールを調整することに時間を割くのは値打ちあることです。

小児病棟での死

 時に、入院中の子どもが同じ病棟に入院していた子どもの死に出くわすことがあります。その時には病棟は明らかに様子が変わります。人々が集まるにつれて、どたばたした動きがみられるようになります。親が泣いているのを見るのはしょっちゅうです。観察力の鋭い子どもは診察にきたりプレイルームでの活動をしたりする中で、亡くなった子どもとその親を特定することができます。大人は病棟の他の子どもにその子の死についての情報を無理に隠そうとするでしょう。でも子どもには何かことが起きて、それを説明するのに取っ掛かりからとても慎重になっていることがわかるのです。この状況は子どもにも親にも感情的にとても辛いことです。その時の状況にまかせるべきでしょうが、親は子どもが理解や安堵、希望の再確認を求めていることに敏感でなければなりません。

長期間生存児が成人してからの問題

 医学が進歩して、どんどん多くの子どもが病気を克服して成人期に至っています。彼らが20代、30代になれば、同じ年代の大人とまったく同じ試練に直面します。職業や生活費、学業、保険保証、まじめな男女交際、そして結婚。
 これらのごく普通の試練に加えて、病気に関連して別の問題が加わります。もし結婚するなら、相手の人は病気や今後も続く通院を理解してくれるだろうか?自分の実子を持てる健康状態でいられるだろうか?もしそうだとしても、子どもを産んでよいのだろうか?自分の病気の原因が遺伝して、子どもまで同じ病気にかかる確率を増すのではないだろうか?親になったのに病気が再発して寿命が早まることはないのだろうか?というようにです。
 保険会社は彼らが健常者よりリスクがあるからといって保険をかけさせてくれないかもしれません。健康保険の保証を継続させる必要から職業の選択が狭まるかもしれません。
 これらはとても現実的な心配事です。生活の質を心配するあまり、恋に落ちたり他の人との心地よい関係を築くのをためらったりするのはよくあることです。誰かの心を傷付けたり自分の病気の過去について話したくないのです。
 成人になったばかりの彼らは、これらの困難にたちむかい打ち勝つために、そして自分も他の人も心地よく生きていくことを学ぶために、心配してくれる親や医師やケアチームメンバーたちの理解や支援が必要です。
 他の同年代の青年患者たちがどうやって問題を切り抜けてきたか話を聞くことはとても役立ちます。たくさんの仲間が障害を乗り越え病気を克服したあとに大人としての人生をうまく送っています。若い患者が彼ら先輩患者から学ぶことは非常に多いのです。

家に帰る

 親も子どもも、病院から放免されてもいい健康状態にまで回復する日を楽しみに待っています。しかし、自分では対処しきれない何か急変が起きたりしないかと恐怖心のある親もいます。医師と率直に話し合うことが役立つでしょう。

規律

 子どもの病期のいかんにかかわらず、家庭に正常性を確立させることが親に求められる基本的な務めです。親はよく病気の子どもを甘やかすのは仕方のないことだと感じますが、現実には子どもは普通の子どもとして認められ扱われたいのです。
 甘やかされた子どもというのは黙認される雰囲気にすぐにつけ込んできますし、兄弟姉妹は妬むようになります。小さな子どもでさえ、退院するとすぐにどこまで許されるかを試し始めます。
 (例)11歳になるロリは他の三人の兄弟に、私はしたいことはなんでもしていいし、あなたたちがもし私に触って死ぬほど出血でもしたら責任を問われることになるから触ることさえいけないんだと言った。さいわいにも、W婦人はすべてのやり取りを聞いていたので娘に家族の中で特別扱いはしないことや、その子にも他の兄弟と同じように義務や責任があることを伝えた。W婦人はロリがこれまでずっと傲慢にも人をあごで使い、自分の思い通りにするための絶好のチャンスとして自分の病気を売り物にして来ていたので、ぜひとも基本ルールを確立することが大切だと感じたことを後で思い出した。それですべて問題事が終わったわけではなかったが、W婦人は一つ一つ正面から対処していった。

操縦はまれではない

 (例)10歳のキャロラインが家に帰ると両親に自分の部屋で眠るのが恐いと言った。一夜限りのことと思ってC氏は彼女の部屋で眠り彼女を母親と眠らせた。その子はそれから何ヶ月も経ったがいまだに母親と眠っている。C氏はとても混乱しているのだが、C婦人は娘には自分が必要なのだと感じている。
 両親や善意の祖父母、親戚、友人が子どもにプレゼントをたくさんすることはよくあります。子どもはどう感じるのでしょうか?

子どもはどう考えているのか?

 (例)15歳のリックは回想する。ぼくは父がぼくにダートバイクを買ってくれた時、自分がとても悪い病気だと感じた。数年間それを欲しかったが、父は断固として買ってくれなかった。なのに、病院から家に帰って来て2日後にバイクが届いた。それでなんと恐かったことか。
 健康な兄弟は親に直接聞かされたかどうかにかかわらず、何か大変なことが起きていることをすぐに感じ取ります。何かが変だとわかって、ある程度は同情します。病気の子どもの願いに添うように計画された家族の遠出を年長の子どももよろこぶことはよくあることですが、その甘やかしもあまり度が過ぎていつも続くと、兄弟が我慢してくれると期待するのは間違いです。

過保護

 子どもが退院する時には、医師は子どもの活動に加えるべき制限はすべてきわめて明確にします。基本的なルールも打ち立ててくれます。ところが残念なことに、親の中には医師の言うこと以上に我流でたくさんの制限を加えて基本ルールにしてしまう人がいるのです。子どもが疲れてしまうような活動は禁止されますし、不意のけがで打撲しそうな可能性のあるものも禁止されます。両親は子どもに何をしてはならないかを繰り返し言うことにたくさんの時間を費やし、何ができるかを忘れてしまうことも多いのです。学校に出席することを思いとどまらせさえする親もいます。これは両親間の意見の食い違いがよく起こる分野の一つです。

学校

 医学の発達で白血病の子どもが病院で過ごす時間はずっと少なくなり、家庭や学校で過ごす時間が増えて来ています。(*監修者注:日本では初期の徹底した治療のために病院で過ごす時間が長くなっています。白血病の再発のリスクが高いほど入院が長くなるのが日本の現状です。)学校に通うことで子どもの成長と発達の可能性を生かすことができます。普通の授業に参加することは入院後の生活の正常化を促すための重要な要因です。

家庭と病院と学校間の意思疎通

 そういうわけで、子どもが学校でうまくやれる可能性を最大限にすることが大切です。そのためには家庭と病院と学校の連絡が欠かせません。子どもの難病の多くは誤った考えによって余計に重荷を背負わされています。間違った思い込みを取り払い、正しい、その子特有の、教育に関係した情報を提供するためには対話が欠かせないのです。
 親や看護婦が学校に「この子は白血病です」と伝えるだけでは不十分なのです。子どもの症例によっても、病気や回復の時期によっても皆まちまちなのですから。その子の病気がクラスのほかの子どもに影響があるか、そういう病気にどう取り組めばいいのか、治療の結果おきていることで教育に関係があることなどを、教師は知る必要があります。

子ども−生徒か、患者か

 学校では、白血病の患児は患者としてでなく生徒としてみられなければなりません。病院やクリニックの看護や関与が及ばない場所が生活の中で必要なのです。
 しばしば、子どもは病気であることが目に見える形の兆候を持ったままで授業に出席することがあります。患児は機会を与えられれば、また両親や教師の支えがあれば、何が起きているかを同じクラスの生徒に理解できるように自分で説明できます。こうすることで自分の状態を維持することができます。(*監修者注:今後日本でも医療スタッフと学校関係者の協議でこのような方法をうまくすすめる必要があります)
 こういう方法は、患児が欠席している時に学校看護婦や病院看護婦がクラスにやって来て医学的には正確でも子どもを孤立させるような説明をしていくより、はるかに効果的です。後者の方法はその子が大変な病気を抱えて生きている生徒として見るよりも、むしろたまたま学校に入ってきた患者という見方をさせるようになります。

教師−教育者か治療補助者か

 学校では患児を患者としてではなく子どもとしてみることは大切ですが、教師は治療補助者ではなく教育者だと認識することも同様に大切です。学校関係者に明確に言っておかなければならないのは、子どもが医師の直接的監督下にあり定期的に診察を受けているということです。
 医師や看護婦が学校職員の質問に答えてくれて必要な補助を受けられる時には医学的なことに関しての教師の不安は軽減されます。しかし、教師や学校看護婦や他の関係する学校職員が適切な医学的情報や支援を両親や子どもの治療に責任のある立場の医療専門家から得られないとなると、学校側は自分達の責任はまず第一に医療的なものにあり、生徒をまず患者としてみようという傾向が出てきます。その結果、子どもの能力を最大限に生かしきれない学校環境が生まれてきます。

教師も人間である

 死ぬかもしれないような病気の子どもがクラスにいるということは、教師に恐怖・不安・黙考などさまざまな感情を引き起こします。一般的に教師は白血病の子どもを過保護にしすぎます。これは人間なら普通の反応です。教師にとってはこういう感情を誰かと話しあう機会を持つことが大切です。学校側は深入りして心配事を増やしたくないために、そんな思いを直接両親と話し合おうとしないことがよくあります。子どもを担当しているケア専門家は、教師が感情を表に出しさらに情報を得る機会を持てるように学校側と連絡をとることもできます。

学校に関する特別な問題

 調査によれば、白血病の子どもは学校生活を楽しんでいます。友達とお互いに影響しあっており、同じクラス他の生徒よりも高い頻度でいじめられたりけがをさせられたりするということはありません。しかし、重い病気を背負った子どもは独自の一連の問題を抱えています。欠席は学業達成の主たる障害物となります。親や教師は欠席によるマイナス影響を最小限に食い止めるために、できる限りのことをしなければなりません。
 白血病の子は初めて病気がわかったあとと髪の毛が抜けたあとは、学校へ戻るのに抵抗を示すことがあります。医学的には子どもが学校に戻ってもよい状態になっていると医師が判断した時に、両親は教師といっしょになって円滑に学校へ復帰できるように努力するべきです。学校へ戻って2〜3日すると抵抗を示さなくなり、クラスがもたらす社会化を楽しむようになります。
 健康上障害のある子どもが学区内で利用できるさまざまなサービスを調べるのは大事なことです。特別個別指導制度は子どもの学業を補助していくのにとても役立ちます。必要ならば矯正プログラムが患児には利用できるように組まれるべきです。生きて、成長し、発達し、将来がある子どもだとみなされてこそ、学区や家族の協力の下に創造的な教育計画がうまくいくのです。
 たいていの白血病患児は通常の授業時間割をなにも変更せずに登校しています。認識力や学習能力に悪影響を及ぼす治療の晩期障害で苦しむ子どももあります。こういう子どもは米国全体の法律(PL 94-142) により、特別教育サービスを受ける権利があります。(*監修者注:学習障害に対する権利は日本ではまだ十分に保障されていません。専門家も不足しているのが現状です。)親や病院職員は学校職員と協力し合って子どもの学習のおくれを明らかにして必要ならばその子の特別なニーズにあうように個人教育プランを展開させるよう奨励されます。

思春期の生徒である患者

 思春期の子どもは自らの教育において積極的な役割を担う必要があります。治療や病気のために欠席が増えるので、卒業と大学入学に必要な条件を満たすようにすることが大事です。高校生には学年度毎にカウンセラーや教師と会って、医療上の問題から教育に影響していることについて説明をし、教師と必要条件を満たせるような融通の利くスケジュールをつくりあげ、医療上の急務を要する時にも対応できるように融通を持たせておくようにすることが賢明です。
 (例1)ビルは高校3年生で、4週毎に7日間の治療のために入院していた。もし、欠席について学校に連絡をとり適切な手続きをしなかったなら、こんな長々しい欠席の連続は学業の上でも精神的にもとてもつらいものになっただろう。学期毎に、まず病院の教育連絡係から学校のカウンセラーへと連絡がされた。カウンセラーとビルはすべての教師と会い互いに納得できる課題と必要到達目標をこなした。必要出席日数は求められず、追試験も保証された。ビルはクラスの上位20番内で卒業し、有名大学に入学を認められた。
 (例2)これとは反対に、ジョイスは学校の誰にも白血病であることを話さなかった。欠席日数は積み重なり、学習が不十分となって、落第の知らせが家に届いた。欲求不満と怒りとで彼女は学校を中途退学した。
 ビルは用心深い態度をとり、学業でつまづかないように必要な手順を踏みました。それはたやすいことではありませんでした。彼は教師の誰と会うのも恐いと感じました。でもそうすることで、病気である事実を自分の人生に組み入れていったのです。
 逆にジョイスは逃避の立場を取りました。彼女は治療には行きましたが、病気が生活のほかの面に影響するようなどんな効果も拒もうとしました。病気がもたらすものに、いやいや立ち向っていたために高校卒業証書を手にできませんでした。

保育園・幼稚園前期

 思春期の患者の対極には、白血病になっている幼稚園・保育園の子どもがいます。治療下にある3〜4歳の子どもを幼稚園にいかせるのはどうでしょうか。行かせてみた結果、患児や、他の家族によい影響があった家族があります。
 まず第一に、そうすることで患児は他の子どもと遊んだり、楽しく値打ちのある学習経験に参加できる機会を得られます。そしてまた、自立心を養うのにも役立ちます。
 第二に、子どもは、ママもパパも自分と離れても必ず戻って来てくれるという確信がもてるようになります。この確信が、入院になった時にも両親が少しぐらい不在でも我慢できることにつながるのです。
 第三に、子どもが年齢にふさわしい技能発達を習得できます。重篤な病気を持つ子どもは概して親に過保護にされています。けがするのを恐れて、仲間が夢中になっている活動の一部分をやらせてもらえません。こういう子どもが幼稚園に入ると、他の子どもに比べて発達が遅れていることがしばしばあり、幼稚園で学ぶべきことについていけなくなります。幼稚園は白血病患児の年相応の技能発達を可能にするのです。また幼稚園教諭も子どもの家庭教育の中での発達のために両親を支えてくれます。
 そしてもうひとつ、患児が幼稚園にいけば親はそのあいだに患児以外の子どもと一緒に過ごす時間や、自分ひとりの時間を持てます。患児と取り組むことはとても消耗するものです。ある若い母親は、自分が気を入れ直して日々自分の努めを果たせたのは、娘が幼稚園に行っているあいだの数時間の休息があったからこそと話してくれました。
 幼稚園は子どもが充実した意義の多い人生をおくるために積極的役割を果たしうるのです。

兄弟と学校

 親は、健康な子どもの学校についても調べてみたいものです。患児の兄弟姉妹が家の中では協力的で協調的であるのに、学校であばれることは、めずらしいことではありません。
 (例)リックは身長185cm、体重84kg、高校1年生だが、ときどき子供っぽい振る舞いをした。悪意はないし、誰かを傷つけることはなかったが、騒ぎを起こすので授業が妨害された。そんなことがあった後で親と懇談が持たれた時、リックの両親は教師と教頭に、17歳になる娘が白血病で最近入院したことを話した。記録と照らし合わせてみると、姉が入院した時はいつも彼は教室から出されていたことがわかった。両親はこれが偶然の一致ではないと気がついた。リックは家庭では彼女が具合の悪い時は特に協調的だったが、学校ではありったけの怒りとフラストレーションをぶちまけていたのだ。

結論

 白血病の子どもは昔よりずっと長生きするようになりましたし、学校にも通って普通の生活を追求しようとしていますから、学校とのコミュニケーションは贅沢なことではなく子どもをあらゆる面からケアする上で欠かせないものです。
 子どもの学校と心を開いて対話をすることによって、みんなが得をするのです。兄弟が求めているものが見えてきますし、教師も自分の役目がよくわかり安心でき、親は子どもが他の同じ年の子どもと同じように安全で生産的で機能的な状態にあることに満足し、医師はその子の様子がより完全に理解できます。教師をはじめとする学校関係者は、子どもの人生において重要な役割を占めます。適切な用意と情報と支持を提供されれば、彼らは子どもを総括的にケアしていく上で大切なきずな的存在となります。
 ですから、学校は病気の子どもの人生を正常化させる要素として重要な意味を担っているのです。

兄弟姉妹

 兄弟姉妹は両親が悲しんでいることやそれを慰めることができないことに、取り乱しおびえるでしょう。始めの頃にはその子が大変な病気に罹って定期的に治療を受けないといけないことを家族全員に話すだけで十分です。子どもにはその病気がうつるものではないことを知らせなければなりません。また、その子が病気になったのは決して他の兄弟のせいではないことも知らせなければなりません。
 兄弟姉妹にだってそれぞれ問題があるのです。頭痛、おねしょ、学業不振、学校恐怖症、憂鬱、不安、胃痛など。両親が自分とよりも多く病気の子と過ごす時間を恨みます。親がこんな病気にかからせたことをほんとに怒る兄弟も実際にあります。しばしば、彼らは死についての内面的幻想にふけってぼんやりすることもあります。こんな子どもに必要なものは現実であり、賢く対処することが求められます。
 小さな子どもであっても、何が起きているかに敏感です。兄弟姉妹が入院したり通院のために出かけたりするのを知っています。父親が泣き母親がそれを慰めようとするのに気付くのです。難しくて理解できない会話の一部を立ち聞きすることだってあるでしょう。
 子どもは何が起こっているかを理解しようと企てることがよくあります。情報の端々を集めて分析します。もし子どもが質問してもはぐらかされると、傷つきます。そしてこの時の心の傷は生涯残るのです。
 (例)ラルスが7歳の時、妹が白血病で死んだ。彼は妹が病気であるとは誰にも聞いていなかったし、妹が死んだ時には彼は親戚のもとへ送られて生活した。葬式が済んで家に帰ってくると妹の姿はなく両親は悲しみの中にいた。何の説明も受けなかったのでラルスは自分が妹を死なせるような何かをしたのだと信じ込んだ。彼はこの自責の重荷を15歳になるまで引きずった。学業の上で彼は問題だらけだった。数学と読解の力は2年生レベル程度にとどまった。両親は心配もし協力的だったが、問題点を見つけ出すことができなかった。保健体育の時間に白血病が討論された後、ラルスは躊躇しながら教師にこの話をした。ラルスは自分が妹の死には責任がないと信じたかったが、それを直接両親から聞く必要があった。懇談が持たれ、先生の協力もあって、ラルスは両親に自分の自責の思いについて話した。両親はびっくりした。彼が責任を感じているなんて思いもしなかった。たくさん涙を流した後、両親は彼に一部始終を話して、決して彼の責任などではないことを納得させようとした。実際、彼こそが妹にとっても両親にとっても慰めや支えの源だったのだ。
 特に喧嘩している時にはそうですが、兄弟がお互いを大切に思っているとは、とても思えないことはよくあります。しかし深刻な問題がおこると、普通は心から心配するものです。この心配は変わった形で現れてきます。ある家族で、15歳の息子が母親のしあわせをとても気にかけている例がありました。「お母さん、とても心配そうだよ。やんなくちゃならないことが多すぎるよ。とても疲れているようだね。」それとは対照的に、9歳の妹は5歳の妹が病院で受けている恐しそうな治療についての幻想を抱いていました。妹が病院に行くたびに身体の具合が悪くなりました。ある時母親は9歳の子を妹と一緒に病院に連れて行き実際にそこで起こることを見せました。病院を現実に訪れて見たことは、姉の恐怖心や幻想を静めるのに大いに役立ったのです。
 大病と立ち向かわなくてはならない子どもは、できる限りの親の支えが要ります。この支えは継続的で何年にも渡るものでなければなりません。子どもが成長発達するに連れて病気への理解度は変わってきますし、質問も変わってきます。これらの変化を認識してそれぞれの子どもの理解度にあわせて質問に答えてやることは親にとって繊細さを要する務めです。

死が避けられない時

 この冊子を通して重きを置いていることは命であり生活です。医学の進歩により永く幸せな人生の機会を手にすることは多くなりましたが、それでも死んでいく子どもがいます。子どもを亡くした親は病気を抱えて生きていくことがいつ死に備えることに変わったのかわかると言っています。親兄弟はどうやってそんな死にそなえるのでしょう。
 もっとも根本的に大事なことは対話です。私たちの経験では、常に子どもに誠実に接していることが最もよい方法だとわかっています。子どもとの対話に向けての基本的な態度について論じ、こどもと自分にも起こりうる死について話す方法をあげてみましょう。いろいろな点で子どもが小さいほど、その死について話すのは辛いものです。このことについても同様に十分取り上げましょう。

診断について話す

 命にかかわりうる病気の子どもにどういう風に予後や治療について話せばいいのでしょうか。診断がついた時点から子どもの病気の深刻さについて話した方がよいです。こうして、嘘をつきとおすのに費やされる無駄なエネルギーを、命を脅かす病気を抱えて生きていく上で出てくる現実の問題の対処に本来あてるべきです。
 近年の医療の変化によってたくさんの白血病の子どもの寿命が延びて来ていますから、専門の看護スタッフは闘病過程の初期から現実にそった楽観的見方で子どもの質問に答える傾向があります。親も希望をもちつづけるよう励まされます。
 治癒への希望は維持されるべきですが、4〜5歳以上になった子どもが、致命的になる可能性のある病気であることにずっと気付かないでいると思うのは非現実的です。
 子どもに、診断結果や治療法、寿命の短縮の可能性などを話すことは簡単なことではありません。確かにこれはぶっきらぼうに、何気なく、あるいはたった一度だけで済まされてはなりません。子どもと率直に誠実に話をするのは大切ですが、そのやりとりのテクニックを取り巻く問題は複雑で子どもの発達度にとても関連しています。(この話題を論じるには第二部の「健康な子どもと大病の子ども」を参照)

子どもを死に備えさせる

 あなたなら、ありうべき早すぎる死というものを子どもになんと言って伝えますか?この問題に立ち向かわなければならないヘルスケア専門家や親には次のようなポイントが役立ちます。
 これらのポイントのいくつかは子どもが初めて自分に起こりうる死について関心をあらわした時に話してあげるといいでしょう。残りの特に最後の3つのポイントは子どもの病気が悪化して本当に最期に近づくまでとっておくべきものです。どんな場合でも、子どもの関心のレベルを認識しつづけることと、子どもにわかりやすい言葉で話をすることと、機転の利いた方法で教えてあげることが大切です。
 次に、子どもに心の用意ができた時に話し合うといいと思われることを掲げます。

(1) 死は、誕生と同じように、万物の自然な理法である。あるものには早く来るし、またあるものにはゆっくりと来る。病気が寿命を縮めることもあるが、誰もどれぐらいかはわからない。
(2) 死は社会的な意味を持つ。私たちは人生をともにしてきた他の人に特別な感情を持ち、また他の人も私たちにそのように感じている。
(3) 死とは別離である。病気のその子が家族や兄弟や友人を失うだけではなく、皆もその子を失うのである。
(4) 喪失は終わりではない。故人はある意味で生き続ける。ここではその人固有の宇宙の神秘を信じる心や宗教を信じる心が非常に重要である。ある人はその子は心の中でいきつづけていると思うだろうし、ある人は友人に命の意味を教えのこしていくと思うだろうし、またある人は体も魂も永遠に生き続けると思うだろう。
(5) 子どもは死の時にあっても死後にあっても一人ではない。子どもが待ち望んでいるのは両親がいて支えてくれることだ。死ぬ時にも絶対に一人ではないこと、死んでからさえもいつも一緒にいることを約束し安心させることが大切だ。これは子どもに必須であり、4に書いた通り、親の世界観的、宗教的信念にかなった言葉で言い表わされるべきものである。(*監修者注:このことを口に出して子どもに語りかける事がとても大切です。いつもあなたのそばにいるということを強調すること。)
(6) 死の時には、人は自分の人生を精一杯生きてできるだけのことをしてきたと知る必要がある。このことは人類の普遍的な関心事だ。まだ若くして死ぬ子どもでさえ満たされた幸せな人生を送り、人の境遇に永続する貢献をしていく。小さな子どもは学校や病院や家庭でその子とつきあった人々の心を感動させる。もしその子の死が他の誰かの生きる姿勢を修正できるのなら、その子の生きた明かしをのこし感銘を与える人生を送ったことになる。
(7) 子どもは泣いたり悲しいと思ったりしても構わないんだと安心させられるべきだ。自分の病気について考えている時はしばしば寂しいものである。また、怒りを感じたり恨んだりしてもかまわない。さらに最後に、自分の病気について語りたくないと思ってもいいんだということを保証されるべきだ。子どもにとっては「今はそのことについて話したくないんだ」とぶっきらぼうに言うことが一番いいことも時折ある。子どもが死について話す用意ができた時、その子の人生に関わっている大人が話を聞き、支える用意ができるだろう。(これはそうであってほしい。)
(8) 子どもは沈黙を保っても受け入れられると安心させられるべきだ。必ずしも思いを言葉で表わす必要はなく、たとえ話したくなった時に口から出たことが混乱していたりばかげたことを言ったとしてもそれはかまわないのだ。
(9) 死がとうとうやってきた時には、痛くはない。次第に死に向かっていく時に痛みがあっても、その痛みを最小限にするために必要なことを医師がやってくれる。死そのものは痛くはない。死んだあとにまた痛みが戻ってくることはない。(子どもは最期の時に痛みが去るのかどうかをとても心配する。彼らに、痛みが去ると確信させることは重要である。)
(10) 愛するものが死ぬ時、お別れが言えることは大事である。人は皆最期の別れを同時に言うのが慣例である。死に赴こうとしている人が友達に別れを言いたいこともある。死んだ後になって、亡くなった子どもの父母が子どもの友人に自分の子について話をしたりどんなに愛していたかを話したくて招きたがることがある。大人はこのことを自宅や教会でひっそりととりおこなう。このお別れが告別式というものだ。告別式を怖がってはならない。それはとても大事で家族の気持ちを楽にするものだ。
(11) 大人でさえ死についてあまり知らないこともある。両親が医師と話して後で泣いたとしても、あるいは両親が子どもの病気について話して目が潤んだとしても、それは子どもを愛しているからであり失いたくないからだ。だが、もし子どもが死なざるを得ない時、両親や家族や友人は楽しかった時を忘れないし、その子の思い出はずっと心に生き続ける。(上の4と5を参照)。親は子どもが幸せだったことを知って幸せになる。

 上にあげたポイントはとても主観的なものであり、それらが子どもとの会話で役に立つと考えられるので載せました。これらは慎重に分別を持って、子ども自身の気持ちにあわせて適用されるべきです。
 子どもは何を言われたかについてはあまり関心を示さず、どんな関心をもって話しているかの方に関心を示します。子どもと話しあう内容は大事ですが、あらゆる種類のことを話す可能性がありますし、ありとあらゆる思い違いを生むこともあります。子どもは話している方の態度が自分の思いとうまくあっている時は大目に見ています。ところが、どんなに詳細に正しい内容を話しても態度が子どもとあってないと、対話は一方通行になります。
 子どもに用意ができているかどうかを見定めることが大切です。発病して初期の頃に話されることは長期生存への希望を多く持たせるものでしょう。終わりの三つはもっと後になってからのほうが適切ですし、死の直前の子どもにもっともふさわしいものです。
 あなたは我が子に訪れうる早すぎる死についてどう話しますか? 大変な困難を伴い、重大な関心を持って、注意深く、自分の感情に大変な代償をはらって……。でも、あなたの努力は、「自分は人間皆が最後には向かい合わなければならないもっとも困難な仕事と向き合う時に一人ぽっちではない」と子どもがわかることで報われるのです。この努力を仕損じると子どもを孤立、孤独、苦痛へと招くだけです。努力をすればその報いとして皆が子どもと共有できる最大の贈物を手にできます。それは愛であり、生への理解と継続です。

物質的な面での準備

 まだ最期が来ていないずっと前に、必要な物質的なことや法律的なことに準備をすることはとても重要です。これは差し迫った死が目に見えるからとてもつらいことのひとつです。
 しかし、そのことについて話をしておくことはとても大事なことです。告別式や埋葬などそういう必要なことについて早めに落ち着いて準備ができていれば、後の悲しみや失望感がかなり緩和されます。子どもを亡くされた経験のある親御さんの多くが話してくださったのは、死の数週間前に告別式や埋葬について計画をたてたということです。これらの計画の中には、病理解剖や、埋葬法、そして死にゆく子どもにとっても大人同様に大切なこと、つまり遺していく宝物の配分法などについての決定を含んでいました。
 子どもは自分の大切な小さい人形やトラックやお気に入りのものを誰が大事にしてくれるのかをとても知りたがります。子どもにどのおもちゃをどの友達や兄弟にあげるか決めるのを助けてくれるように促す親もあります。告別式や埋葬の詳細は死んで行く子どもは除いてひっそりと話し合われるのがいいでしょう。
 物質的、法律的な必要事項への対応を死の数日前、あるいは数週間前からすることで家族員は冷静沈着にそれができます。なによりも、死が訪れた時、余計なことに負担をかけられずにすむだけでなく、自由にお互いを精神的に支え合うことができます。

家で迎える死

 両親や医療チームは病気で死にかかっている子を病院においておくよりも家で看護することを考えたがるでしょう。これは、今日では酸素吸入装置や点滴などたくさんの医療技術が自宅で手軽に利用できるようになったり、病院の医療チームが患者に欠かせない心身両面でのサポートを与えたいと進んで思うようになったことから、現実的なものとなったのです。(*監修者注:日本では今後の課題です。)
 「こんなことは家でできますか?」という質問が出るのは次の二つのケースの時です。それは子どもが薬の点滴以外の医療サービスを必要としない時と、死を控えた末期の時でケアの焦点が病気の進行を押さえることから子どもの心地よさ第一に変えられた場合です。
 この過程には患者も家族もともに了解しなければなりませんし、医療チームは患者や家族をバックアップできる体制でなければりません。多くの患者家族はこのことは技術的には簡単であり、重要なことは、病院にいたのでは得られない緊密さと看護環境が可能になるということだと話しています。

家族の生活秩序の回復

 子どもを亡くした両親が自分の生活秩序を回復させるのにどんなことが役立ったかを話してくれました。例外なしに彼らが言うのは、死を覚悟してどんなに時間をかけて一生懸命に心の準備をしようと、心の痛みは強烈だということです。また、時間が解決してくれるともいいます。数ヶ月経つと子どもを喪失したことは変わらず深く心に感じるものの、心の痛みはずっと軽くなります。
 聞くところによると祈りをささげることもずいぶんと助けになるとのことです。配偶者や親しい友人と話すのもいいでしょう。残った子どもと話すことにより、起こったことを正しく受け止められますし、子どももその生と死の意味への理解を深められるようになります。
 自分を忙しくすることも欠かせません。私たちが話した百組以上の両親たちは例外なしに、「考え込むのはよくない、自分に一番合った方法で忙しくしていれば、時間が解決してくれる」と言います。
 たとえばある母親は、仕事に復帰したり、初めて職に就いたりしました。ある父親は病気に関係したプロジェクト、たとえば研究と治療設備を充実させるための募金活動などに携わるようになりました。またあるものは、同じように子どもを亡くした両親を支えるグループを立ちあげるのを手伝ったりしました。また、特に死後一年間ほどは、家族と一緒に長期休暇を取ったり長旅に出たりすることで、生と死を正しく遠近的に見れるようになったひともあります。
 親御さんは悲しい思い出が次第に薄れ、楽しく生きた日々の思い出が心に残るようになると話してくれました。死から時が経つに連れて、その子と一緒だった時の楽しい思い出がどんどん大きくなるのです。
 親は決して忘れないだけでなく、思い出が自分のしあわせになり亡くしたこどもの人生を意味あるものにしていくのです。何年か過ぎると、親は子どもの闘病と死そのものを通して感じる子どもの力強さを思い出し、今でもそこから自分も力を得ていることを思い出すようになります。経済的、肉体的、感情的などんな問題が起きてこようとも、彼らはもう打ち負かされることはありません。
 子どもが親に残したものは、受け継がれた力、問題に対処しそれから逃げ出さないための決断力、他人への気配りです。そして何よりも、人生がいかに短くていかにその一瞬一瞬を楽しまなければならないかということなのです。
 こんなことを自分の両親に伝えて行くのは子どもにも大人にも大仕事です。それなのに、病気で亡くなっていった子どもたちは生と死に立ち向かうというやり方でそれを成し遂げていきました。これからも教えつづけてくれるでしょう。私たちはみな、家族が困難に一緒になって立ち向かえば、より強く近くなれるということを。
 
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